2010年3月25日木曜日

言論の自由

 大きなタイトルを掲げてしまった。しかし無視しては通れない現象が起きているので、忘れないうちにちょっと触れておきたいと思う。

 今月、奇妙なことがあった。一部ネットのメディアの中では取り上げられた事ではあるが、私は体験的にこのことに接した。アップル社のことである。

 私の知人が、グラビアアイドルのCP(コンテンツ・プロバイダー)をやっている。グラビアアイドルを発掘し、メディアに露出させることで、そのキャラクターの価値を上げ、商売にしているわけである。これ自体は特に変わったことでもなんでもない。昔はアイドルの露出といえば、雑誌、テレビなどのメディアだったわけだが、最近はインターネットの出現で多様化してきている。つまり、ウェブメディアや携帯なども、その露出先として一般化している。その流れにあって、スマートフォン時代がやってきた。iPhone、Google携帯(Android OS搭載携帯)などがその先駆的存在だろう。ちなみに、来月末には、eBookとして、iPadも日本にやってくる。これらスマートフォンの特徴は、それぞれのスマートフォンが、アプリケーションの有料・無料ダウンロードをさせる、プラットフォームを持っているということ。例えば、iPhoneで言えば、AppStoreである。テレビCMでもおなじみだが、何万というアプリケーションが有料・無料問わず、このAppStoreというプラットフォームに集結しており、iPhoneユーザーは自由にダウンロードして、そのアプリケーションを便利に使ったり、楽しんだりするわけだ。同じことが、Google携帯では、アンドロイド・マーケットで実現している。

 さて、話を元にもどそう。そのグラビア・アイドルのCP事業をやっている私の知人は、グラビアアイドルの露出先として、携帯よりも画面が大きく、さまざまな動きが実現できる、iPhoneを選んだ。そして、アプリケーションの開発会社と組んで、iPhoneアプリとして、グラビアアイドルの写真集を作り上げ、AppSotreに登録すべく申請をした。AppStoreは申請制となっており、審査を経ないと、AppSotreに自分のアプリが登録できない。彼のグラビアアイドルの写真集アプリは無事に審査を通過し、晴れて、AppSotreに登録された。
 すかさず、そのアイドルのコアなファン達は、こぞってこのアプリをダウンロードして自分のiPhoneにインストールし、なかなか快調な滑り出しだった。

 しかし、である。

 今月初旬、アップル社は強権を発動した。つまり、何の理由も無しに、「肌の露出の多そうな」こういった類のアプリをすべて、AppStoreから削除したのである。削除された中には、名の知れていないアイドルのアプリから、超有名アイドルのアプリまで、さまざまであった。アップル社は今のところ、公式に、「なぜ、削除したか」を発表していない。

 ここからは憶測になるが、AppStoreが、肌の露出が多いアプリの温床になることを怖れたアップル社が、とりあえず、一掃したと考えられる。あるいは、アップル社の極めて強い、CI(コーポレート・アイデンティティ)を守るために、それに反するものは、すべて削除したとも考えられる。しかし真相はわからない。いくつもの、CPがこれに猛抗議をしたが、なしのつぶて、であった。噂では、そういったアプリ用のカテゴリーが別途用意される、という話も耳にするのだが、オフィシャルな情報ではない。

 さて、問題はどこにあるのか?

 昔から、水着のアイドルは、「表現の自由」の範疇にあった。確かに過激になれば、その範疇を越えて「議論」されてきたわけだが、それでも、議論の余地があった。なぜなら、「表現の自由」という、民主主義社会においては極めて重要な大義があるからである。
 この問題はプラットフォームという、いわゆる、マーケットを作り出しておきながら、そこに「言論の自由」を認めなかった、あるいは、一義的に認めなかったアップルの強権である。

 今月の後半は、Googleの中国撤退が大きなニュースになったが、Googleのような大企業は、公共的な立場を担う。従って、民主主義の国の大切な憲法や、あるいは、言論の自由のような根本的な権利は、しっかりと守ってこその大企業なのである。

 しかし、残念ながら、アップル社は、「全削除」を「理由無し」に行なった。しかも、事前に審査をして、一度はGOを出したにも関わらずである。

 このことに関して、30年以上大手出版社でテクノロジーの編集者を務めてきた方と話を深めた。曰く、「アップルの行動は、まったくもって許しがたく、インターネットの精神を無視した行為だ」と。私も同様に思う。

 いまのところ、アンドロイド・マーケットの方では、同じ現象は起きていない。そもそも、Android OSを開発したGoogleは、副社長にインターネットの父を言われる、ヴィント・サーフ氏なども迎えており、インターネットの「精神」に対し、多大なリスペクトをしている。だからかもしれない。

 スティーブ・ジョブズは、偉人であり、尊敬すべき人物である。しかし、今回のこの出来事には、強い違和感を覚えざるを得ない。iPhoneで先駆者になり、AppStoreでプラットフォーム事業に一定の成功を見せ、トップを失踪しているアップル社にとって、今回のこの出来事は、後に言い訳のしようがない痛手にならないことを祈るばかりである。

「言論の自由」

 言うわ安し行なうは難し、かもしれないが、アップル社ほど全世界で尊敬されるべき企業は、この権利の意味をしっかり勉強して実行してしかるべきだと思うのである。


代表主任研究員(T) 専門:情報産業論、メディア技術論

2010年2月10日水曜日

視聴率の不思議

 電通という会社があるが、この会社の子会社のビデオリサーチ社が視聴率をほぼ独占的に発表しているわけで、大いに、違和感がある。視聴率によって広告料は変わるわけで、穿った見方をすれば、電通はいくらだって、自分の都合で視聴率を変えられる。無論、ビデオ社の倫理観は崇高なもので、そんなことは無いと信じるが、しかし、なんでこんな変な状況を長年放っておいたのだろうか。一方の博報堂は、文句の一つでも言ったことがあるのだろうか?あるいは、公引は何も思わなかったのか?だとすれば、まったくのエポケーであるし、ギョーカイの「競争をしないで丸儲け」構造を守るための、強い縄張りを感ずる。
 しかし、いわゆる「通放融合」の時代にあって、状況は徐々に変わり始めてきている。例えば、通信の巨人であるNTTが、光ファイバーでテレビを伝達するサービスを行なっているが、彼らのサービスを使って、テレビを見ている視聴者がどれくらいかを、NTTが独自に測定するのは朝飯前である。もっとインターネットベンチャーに話を振って考えると、なお、おもしろくなる。世の中に出回っている、地デジ対応テレビには、インターネットへアップリンクするソケットが備わっている。某大手メーカーの方によれば、そのメーカーのインターネットに接続できる、いわゆる薄型地デジ対応テレビの総出荷数の内、約30%もの世帯が、テレビをインターネットにつないでいるというデータもあるようである。
 となると、話は変わってくる。インターネット上の「視聴率測定サーバー」があるとして、そこに入っているクローラー(ロボット)が、インターネット上にあるテレビをクロールしてまわり、今、この瞬間、どのテレビでどの番組が見られているかを測定することだって理論的には考えられる。しかしこの話をエンジニアと詰めているといくつかのハードルがある。そもそも、視聴者のパーミッション無しに、ずけずけとお茶の間のテレビまでクローラーがクロールして勝手に情報を取って良いのか、という「情報社会論」的な議論を横においておいたとしても、自宅の中のルーターの下のネットワークに繋がったテレビに勝手に、インターネット上のサーバーが触りに行き、情報を取得するのは、「まず」不可能である。しかし、無論、このようなことを考えたベンチャー企業がメーカーと組んで、そのテレビメーカーが、テレビ側(のファームウェアに)に何らかの信号をインターネットに向けて発信する仕組みを埋め込んで出荷すれば、インターネット上のサーバーで情報を取得することが可能になる。こうなってくると、インターネットのベンチャー企業が、視聴率を、インターネットの慣例に従って、無料で公開する、なんていう日が来てもおかしくない。となると、電通の子会社のビデオ社は出る幕がなくなる。さらに、もって言えば、それができるなら、各テレビ局が独自に「視聴率測定サーバー」をたてて、自分の視聴率を自分で取得することすらできるようになる。後は、その視聴率に対する統計的裏づけと「権威付け」の問題だけになるのである。
 こんなことを考えながら特許庁のホームページで視聴率に関する公開特許を調べてみると、ざっと500件を越えるヒットがあった。まぁ、どの人もそんなことを考えているわけで、「技術的ブレークスルー」、「メーカーとのコラボレート」そして、「通放融合の波」を上手く乗りこなせるプレーヤーが、この戦いに勝てそうである。ひょっとすると、また、その勝者がビデオ社だったりするかもしれないが、個人的にそれだけは、勘弁、である。

代表主任研究員(T) 専門:情報産業論、メディア技術論

2010年1月4日月曜日

故人の個人情報とSNSの今後

あけましておめでとうございます。
結局昨年は12月を飛ばしてしまった。師走というのは、どうも忙しくなる。

ところで、講談社が『COURRiER Japon』という月刊誌を発行している。編集長の古賀さんが、フランス留学時に本家本元の刺激を受けて、日本で創刊した、まったく新しい形の月刊誌である。その11月号に気になる小さな囲み記事があった。曰く、『あんたが死んだら、メールやSNSの個人情報はどうなる?』(p.118)と題された、米国『TIME』誌からの記事である。
 確かに、どうなるのだろうか。
記事によれば、娘を事故で亡くした親御さんが彼女が生前使っていたSNS、フェースブックにログインして、彼女の生前の記録、つまり、書き込みや意見、友達のつながりや写真を、娘の「遺品」と感じたようである。米国のフェースブックは、どうやらユーザーの死後、3ヶ月で内容が自動削除されてしまうようで(どうやって、ユーザーが故人になったのかを知るのかがわからないが・・・)、親御さんは3ヶ月間ですべてのデータをダウンロードしたようである。
 デジタルネイティブ世代が急速に増えている昨今、こういった事例は後を絶たない。記事は裁判になるケースもあるとつづける。つまり論点はこうである。例え親と子の関係であっても、プライバシーは尊重されるべきである、といった類のものである。しかし、私が考える限り、この手の話は、その場しのぎの法的な判断には至るかもしれないが、決して確固とした線引きができないのも事実であろう。
 すなわち、法的な側面だけで話しをするべき問題でないからなのである。別に、この現象はネットに限った特殊なことではなく、子供が「絶対にみちゃダメ」といっていた宝箱を覗く権利が親にあるのかどうか、といった、極めて、日常的で個別的なできごとと変わらないのである。しかし、記事も指摘しているとおり、それと違うのは、間に「業者」が挟まっていることである。SNS業者は今後、ユーザーに故人が増えることに対して、あるいは故人の親族(どこまでを親族とするのかも含めて)からログインアカウント開示の請求があった場合、どうやった振る舞いをするのか、検討をしなくてはならない。つまり、自主的に一定のガイドラインをつくる必要に迫られるのは必至である。すでに、各大手業者はこれを行ないはじめているが、ガイドラインを使ったからといって解決する問題でもない。
 先日私もまったく同じ状況に出会った。ある恩師のSNSから「私は、○○の息子の△△です。実は父が一昨日、闘病の末亡くなりました。私は、このことを、父がこのSNSで繋がっていた皆様に知っていただきたく、メッセージを書いています・・・」というものだ。続いて、お通夜と葬儀の日時も付け加えられていた。私は遠方に出張だったため弔電を送るくらいしかできなかったが、多くの、その恩師の教え子はこのことがトリガーとなって、お通夜や葬儀へ行っている。果たしてこれは、息子が父親のプライバシーを侵したことになるのだろうか。私はまったくそう感じない。
 法的にどうであるかも大事である。そして、自主規制やガイドラインも重要であろう。しかし、「人が人としてどう感じるか」という一番大事な「基準」を逸脱して、判断が簡単な法やガイドラインに任せてはいけない気がするのは私だけであろうか。インターネットの一住人である、SNS業者は、今その考え方が問われている。

代表主任研究員(T) 専門:情報産業論、メディア技術論

2009年11月8日日曜日

「言葉」を使う職業

 私は大学の講義などを通して、ことあるごとに、「メディア産業のパラダイムシフト」について触れている。例えば、「情報産業論」という講義では、インターネット広告の売上が世界的に上昇している中、既存メディア産業-例えば、その主たるものはテレビだが-の広告収入の下落が止まらず、映画産業がテレビ産業にとってかわられたように、テレビ産業も、インターネットやケイタイの出現でうかうかしてられない、などといったものである。
 しかし、一方で学生の「紙活字離れ」は進んでいるように感じる。なぜ、「紙活字」かというと、

「新聞なんか取りませんょ。高いから。電車の中では携帯で、学校へ行ったら自分のパソコン広げてウェブの新聞読めば無料だし、そもそも、質なんてかわらないでしょ?」

 というのが、大方、最近の「デジタル・ネイティブ」の見解である。これは、ある意味正しい。私も職業柄、そういった意見は否定しないし、むしろ肯定している。テレビや新聞出身の人たちと対峙することもあるが、その時も、一貫して、インターネット、ケイタイ文化の正当性を固持する・・・のが立場である。

 さて、そんな中で、業界大手のMSNが産経新聞とアライアンスを組み、記事の提供を受けている。曰く「MSN産経ニュース」である。私も、このメディアと接する機会が多いので(というか、MSの戦略で、嫌でも見せられてしまう・・・これが、無料の代償だ)あれこれと記事を読むことが多い。しかし、今月、こんなことがあった。

 11/8(日)の同メディアの「海外事件簿」というカテゴリーに掲載された記事だ。
 記事の書き出しはこのようになっている。

「ドイツ東部ドレスデンで7月、「テロリスト」などと侮辱されたとして近所のドイツ人の男を告訴していたエジプト人女性が、訴えを審理中の法廷で男に刺殺された・・・」

 驚いたのは、この記事の内容ではない。
 なんと、このページのトップには「イチオシ特集」と書かれていた。

 「イチオシ特集」と、この記事の内容は、あまりにも、その重さがかけ離れてはいないだろうか?あるいは、そう思うのは私だけか?いや、どう客観的に観ても、「イチオシ特集」という大見出しは、記事の内容からして軽すぎる。まったく、「軽率」以外のなにものでもない。

 なぜ、このようなことがおきるか。
 私のようにウェブシステムでご飯を食べている人ならすぐにわかると思うが、いわゆる「テンプレート(雛形)」である。ニュースメディアに限らず大量の情報をウェブに表示するサイトならば、複数のプログラムがそのサーバで動いている。多分、当該ページは、「イチオシ特集」というテンプレートがあり、一定の条件のもと絞り込まれた記事が、このテンプレートに「機械的」に流し込まれた結果なのであろう。しかし、機械に責任はない・・・。

 以前、ある出版大手の月刊誌編集長と会食をしているときに、「Tさん、やっぱりウェブメディアって、緊張感がないんですよ。だって、間違ったら、すぐ直せるでしょ?でも、紙メディアはそうはいかない。一回、輪転機回したら終りですよ、終り。そこには緊張感があるんですよ」と言われたことがある。

 私の立場は、それでも、「いやね、そういいますが、それいってちゃ、進歩がない。ネットメディアだって、その主体がしっかり緊張感をもってやってれば、紙以上のものができますよ」と応酬する。

 しかし、上述の11/8の記事のようなことをやられると、私の立場は危うくなる。私はこの記事を見た瞬間、怒った。その怒りの矛先は、情報の出し手、つまり、新聞社である。無論、担当者は、「そこまで気が付かなかった」、というのが結論だろうが、しかし、新聞社たるもの、提携して、その生命線と言える記事を提供しているのなら、紙と同じ緊張感を持ってやることが責任であると思う。決して、「ウェブは、クレームが来れば、すぐに修正できるから」なぞとは、思って欲しくない。

 「イチオシ特集」という大見出しの上には、「産経ニュース」というロゴが、例の目玉のマークと一緒に、輝いていた。


代表主任研究員(T) 専門:情報産業論、メディア技術論

2009年10月27日火曜日

歴史的な文章

 また、前の投稿から間が空いてしまった。大学で教員をやっている人が多いメンバーだと、どうも講義のある時期はスカスカになりぎみ。気を取り直して、長い目でやっていきましょう。
 
 さて、今回は「歴史的な文章」と題して、インターネットの歴史上、筆者が独断と偏見で重要と思われる文章をいくつか上げてみたいと思う。
 まず最初は、「Netizens: An Anthology」である。
 知る人ぞ知る、であるが、私が学生だったとき、コロンビア大学のサーバーにアクセスしてこのテキストを落としてプリントアウトし、ファイリングし、大事に本棚にしまっておいたものだ。あれから15年も経過してしまった。
 「ネチズン」とカタカナで書くと分かりにくいが「Netizen」と書けば「Net」と「Citizen」の造語であることは一目瞭然である。造語というか、もはや「ネチズン」という単語になっていると言っても良いであろう。いまや、ブログにSNS、GoogleにYouTube、そして携帯インターネットと、TCP/IP、つまりは、インターネット(the Internet)無しには私たちの生活は語れない。そうした市民を「インターネット市民」≒「Netizen」としたわけである。
 このアンソロジーを提唱したのは、コロンビア大学のマイケル・ハウベンという研究者であると言われている。なにせ、第一章の題目が美しい。「The Net and the Netizens: The Impact the Net has on People's Lives」である。
 今でも、コロンビア大学のサーバーに置かれたこのノートは、次の世代、つまり、デジタルネイティブの時代にも受け継がれていくことだろう。

 さて、もう一つは、「RFC 1468」である。正しくは、1468番目のRFCということになろう。RFCの詳細はここでは割愛するが、これは私たち日本人にとっては、歴史的な文章であることは間違えない。このRFCが書かれるまでは、電子メールは、英語でしか書いてはいけないことになっていた。しかし、日本でもインターネットが普及しはじめると、ローマ字での電子メールのやりとりが次第に増えてきて、WIDEプロジェクトの代表者、村井純氏(現・慶応義塾大学教授)が日本語で電子メールが書けるように、この1468番目のRFCを書いたわけだ。そんなことはないだろうが、村井先生がこのRFCを書かなければ、今私たちは、こうやって電子メールを書いていないかもしれない。(まぁ、それはないけど)。余談だが、先日、車で都内を走っていたら、「1468」というナンバープレートのフィアットを発見。思わず、追いかけて、乗っている人物が村井先生じゃないことを確認するも、心の中では、「弟子だな」などと、ひとり微笑していた次第である。とにかく、「RFC 1468」は、日本のインターネットにとって非常に重要なRFCであることは間違えない。
 その村井先生の率いるWIDEプロジェクトも20年が経過し、先だって、9/29に「WIDEプロジェクト2009年9月報告会」が行なわれ、30年目に向かって新たなスタートを切った。プロジェクト代表(CEO)は村井先生、そして、COOには、江崎浩氏が選出された。江崎氏も村井先生同様、日本のインターネットを牽引してきた先人の一人である。いずれにせよ、この10年もWIDEプロジェクトの活動に大きく期待したい。
 ところで、当社には会議室がいくつかあり、月並みであるが、部屋一つ一つに名前がついている。メインの会議室は2つあり、その内の一つは「WIDE」と名づけられている。そして、もう一つは「CERN」。なぜ「CERN」かは、また別の機会があれば、そこでお話したい。

代表主任研究員(T) 専門:情報産業論、メディア技術論

2009年8月30日日曜日

逝く夏(2)

(前回からの続き)

 そして、ドン・ヒューイット。彼は初めて大統領候補者たちのテレビ討論会を仕掛けたことで知られる。新聞やラジオに比べて評価の低かったテレビのジャーナリズムとしての機能が、それらに勝るとも劣らないことを証明した人物である。初のテレビ討論会の主役となったケネディとニクソンは、テレビという新手の媒体の前に好対照を見せる。ハンサムで見栄えのするケネディはテレビに打ってつけで一躍支持を伸ばした一方、ニクソンは陰鬱なテレビ映りで大きなダメージを受けた。ラジオで討論会を聞いていた人たちには、その低く落ち着いた語り口でニクソンが勝者だと思われていた、というのは皮肉な話である。TVニュースの先駆者として名高いヒューイットの経歴の中には、TVテロップといった今では当たり前になっている「発明品」などが数々含まれるが、その中でも特筆すべきは「60ミニッツ」というニュースマガジンと呼ばれる形式の新しい報道番組を開発したことにあるだろう。

 「60ミニッツ」は、1968年に始まり、今もって放送が続いている「超」長寿番組である。放送開始当初はなかなか視聴率がとれず、さまざまな曜日のさまざまな時間帯をさまよっていた。しかし、日曜日の午後7時という住処を見出すや現在に至るまで高視聴率を保っている。「報道」という社会的役割と、「利益」というテレビ局の企業としての命題の両方を充足させる番組として、放送史の金字塔とも言える。日本でも「CBSドキュメント」という番組名で放映されており(TBS 毎週水曜26:04)、ご存知の方も多いのではないかと思う。(日本版のほうもさまざまな遍歴があるようだ。)

この番組では1時間が3つにわけられ、それぞれ違うテーマを名物のレポーターたちが追いかけるという構成になっている。ちょうど、雑誌が特集を組むような「ニュースマガジン」という形式である。レポーターたちの事実追及の姿勢には容赦がなく、相手が大統領だと一般市民だと歯に衣着せぬもの言いに、見ているこちらの方が緊張することもしばしば。しかし、この真剣勝負こそが「60ミニッツ」の真骨頂と言える。それを裏打ちするのは老練なレポーターたちのプロ魂。「経験」それが、この番組をして他の追随を許さぬ存在にしているのだ。番組開始当時からのレポーターを務めていたマイク・ウォレスは、2006年に88歳で引退するまでレポーターを続けていた。この番組では40代なんてまだまだひよっ子に過ぎない。30年前にインタビューした相手に、同じレポーターが再度インタビューする、などといった離れ業もこの番組ではしばしばみられる。「老害」はないのだろうかと余計な心配さえしてみたくもなるが、レポーターたちの経験に裏付けられた洞察力とインタビュー力には、確かにプロの仕事の凄みがある。

そういえば、かつて「筑紫哲也のNEWS23」で「老い」が特集された時、筑紫哲也が「60ミニッツ」のオフィスを訪ね、ドン・ヒューイットたちにインタビューをしていたことがあった。思い起こせば、クロンカイトがCBSイブニング・ニュースの締めの言葉として用いていた名台詞”And That’s The Way It Is”も筑紫に引用され、「今日はこんなところです」と「ニュース23」の放送が締められていた。だが、クロンカイトもヒューイットも筑紫哲也も、もういない。そして、実感もないまま、夏が終わろうとしている。

客員研究員(K) 専門:メディア論、映画産業論

2009年8月25日火曜日

逝く夏(1)

 先月のウォルター・クロンカイトの訃報に続き、CBSニュースの名プロデューサー、ドン・ヒューイットが亡くなったというニュースが流れた。週末、かまびすしい選挙報道の中でひっそりと埋もれるように伝えられたのでご存知ない方も多いかもしれない。あるいは、ニュースキャスターであったクロンカイトとは異なり、基本的にヒューイットはテレビの裏方の人だったので、もともと名前も知らない、というのが大半かもしれない。筆者は大学院での研究をきっかけに、この二人の足跡を辿った経験があり、相次ぐ「巨星」の訃報に、時代の移り変わりと寂寥感、そしてかすかな不安とも言える感情を抱いた。

ウォルター・クロンカイトが亡くなったのは7月17日。CBSイブニング・ニュースのアンカーの座を降りてから28年、92歳での死だったが、オバマ大統領が声明を発表するなど、「アメリカで最も信頼された男」の存在感はいまだ衰えていなかった。彼は、第2次世界大戦中に従軍記者として活躍したあと、1950年代にCBSのキャスターとなってからは、看板アンカーとしてケネディ大統領の暗殺を涙ながらに伝え、アポロ11号の月面着陸に欣喜雀躍し(のちに自らも宇宙にいくことを志願。結局かなわなかったが。)、それこそ、アメリカ内外で起こった大小の出来事は常にこの人の言葉を通してアメリカ国民に伝えられた、と言っても過言ではない。しかし普段は自身の意見や感情を抑え、あくまで客観的に出来事を伝える媒介に徹していたという。しかしながら、一度だけその禁を破ったのが、かの有名なベトナム戦争の報道であった。1968年、政府の発表とは裏腹にベトナム戦争が泥沼にはまりつつあることを喝破したクロンカイトは、番組中、激しい口調で戦争の継続に反対を表明したのだ。当然のことながら、アメリカ世論は多いに動揺し、当時のジョンソン大統領が「クロンカイトを失うということは、アメリカの中道を失うということだ」と語ったことはあまりにも有名。一人のニュースキャスターの言葉が、大統領や世論を突き動かすほどの力を持っていたのだ。キャスターの言葉(もしかすると全人格だったかもしれない)に国民が全幅の信頼をおき、キャスターもそれにこたえる存在たらんとした古き良き時代のお話。言葉が、取り繕いと欺瞞をまとったこの国に住む私たちからは想像もできないような世界である。

 じつは筆者は3年ほど前、NYでクロンカイト氏のオフィスを訪れたことがある。残念ながらご本人は不在で、彼の部屋でアシスタントと話をしただけであったが、希代のニュースキャスターの存在がそこここに感じられる空間に身を置くという幸運に恵まれたことを、ただただ感謝するのみであった。印象的だったのは、ジョージ・クルーニーと一緒に写った写真が飾られていたこと。当時、クルーニーはマッカーシズムに真正面から対抗した伝説のニュースキャスター、エド・マローを主人公に「グッドナイト・アンド・グッドラック」という映画を監督しており、そのプロモーションにクロンカイトも一肌脱いでいたのだ。クルーニーの父親もかつて地方局でニュースキャスターを務めた人物で、エド・マローはクルーニー家のヒーローだったという。そして、クロンカイトにとってもまた、マローはキャスターの大先輩であり、ある意味使命感のようなものを持ってプロモーションに参加していたのかもしれない。あるいは、テレビ・ジャーナリズムが物議を醸すようなテーマを避け、無難な報道に終始する昨今のジャーナリズム界にあって、「映画」というメディアを使い「社会派」としてギリギリのテーマに取り組むクルーニーに、ジャーナリズムの「気骨」を見ていた、とも考えられる。

つづく・・・

客員研究員(K) 専門:メディア論、映画産業論