2009年6月24日水曜日

「Twitter」の悲劇

 う~ん。6月の投稿がなかなかできなかった・・・。皆さん、すみません。主任研究員他が忙殺されておりました。そういう時期だったりします。さて、気を取り直して表題の件、投稿を致します(-:

 米クリントン国務長官が「Twitterはイラン国民にとって重要」とコメントし、同社のメンテナンス時間を、イラン時間に合わせて遅らせるように要望したことは記憶に新しいと思う。一企業のベストエフォート型のサービスのメンテナンス時間についても注文をつけるとは、いかにもアメリカらしいポリティカル・コントロールだ。
 性善説の立場を取れば、インターネットは民主的な道具で、その成り立ちも極めて民主的な方法で成長してきた「不偏不党」の技術(あるいは、技術の上に成り立ったメディア)である、ということもできる。しかし、テレビなどの既存のメディアを越えてこれだけ人々の生活にインターネットの技術が浸透してしまうと、そういった議論でエポケーしてしまうのは、あまりに危険である。重要な点は、技術の発展過程、もうちょっと学術的な言葉を使えば、技術決定の過程に関しては、いままでにない民主的な方法であったことは間違えなく、それは現在も変わらない。オープンソースの精神を広げ、そして実行していることは「文化遺産」に値すると感じる。しかしそれは、インターネットを支える根本技術に限ってのことである。その技術の上を流れる情報やコンテンツについては、いままでのメディア及びメディア産業の系譜をそのまま受け継ぐといっても過言ではない。無論、梅田望夫氏的なWEB2.0の集合知的議論には、ある一定程度共感するし、その通りであると思うが、インターネットの技術が「無機質」であればあるほど(ここで言う無機質というのは、既得権益や政治的諸問題から切り離されているという意味)、言い換えれば、ピュアであればあるほど、ポリティカル・コントロールに弱いといわざるを得ない。そういった例を挙げればきりはないが、例えば、グーグルの中国進出の際、「天安門」というキーワードについての検索結果を妥協した事例は、あまりにも有名である。この時、そもそも「ギーク」の集団であれば、断固として中国政府と戦うべきだ論と、グーグルといえどもアメリカ的なベンチャー企業。利益の追求、株主への利益還元のためには、手段を選ばない論の両方が聞かれた。
 さて、今回の「Twitter」に関して言えば、このニュースを聞いたときの私の第一印象は、「かわいそう」である。つまり、政治的諸事に巻き込まれてしまって、かわいそう、と、そう感じたのである。「Twitter」自体は非常にシンプルで、ユーザビリティの高い、インターネットならではのクロスボーダーなサービスである。だからこそ、政治的活動、あるいは、もっと広く捉えるならば、社会活動に利用しやすいわけで、それがあるべき姿かもしれない。しかし、何が「かわいそう」であったかといえば、インターネットの技術と特徴を理解し、「ギーク」が作って一定の成功を収めつつある「Twitter」が、いとも簡単に「政治の道具」とされたことである。無論、当該案件は外交。一歩も余談を許さない状況にあることは理解できるが、報道である記者は「Twitterにメンテナンス延期を要請したことは、イランへの内政干渉だという批判があるが」と、国務長官に問うている。うーん。そもそも、イランへの内政干渉の前に、「Twitter」への内政干渉なのである。無論、インターネットデータセンターなどに対する一定の当局への協力義務が法制化された事例は米国でも日本でもある。だからといって、今回の「Twitter」への一定の政府のあからさまな関与は、腑に落ちない、あるいは、同意できない、というのが私の本音だ。
 ところで、クリントン国務長官といえば、前大統領夫人である。クリントン・ゴア政権は、それまで軍需産業に支えられてきていた政治的バックボーンを、IT産業へとシフトした政権ともいわれている。1993年1月にクリントンが大統領に就任し、翌2月22日に同政権のテクノロジー戦略を公式に発表する場を、シリコンバレーに位置する、シリコングラフィックス社に選んだのも象徴的である。特にゴアは、NII構想をGII構想へ拡大させ、アメリカ発のコンピュータネットワークを世界中に伝播させた、いわばIT政治家なのである。その結果、「インターネットの爆発」が起こり、現在に至っている。彼の政治家としての功績は良い側面だけ捉えても絶大だったと個人的には思っている。話は、大げさになったが、IT産業を生み出したクリントン政権のクリントン夫人が、今回「Twitter」に対して政治的な注文をつけたのは、とても皮肉なことである。
 そもそも、「インターネット」とは、「ピュア」とはほど遠い、「政治的なるものの道具」だったのかもしれない、と勘ぐりたくもなるのである。無論、そうであったなら、不幸極まりない。これを語り出すと止まらないので、今日はこの辺で。

代表主任研究員(T) 専門:情報産業論、メディア技術論