2010年3月25日木曜日

言論の自由

 大きなタイトルを掲げてしまった。しかし無視しては通れない現象が起きているので、忘れないうちにちょっと触れておきたいと思う。

 今月、奇妙なことがあった。一部ネットのメディアの中では取り上げられた事ではあるが、私は体験的にこのことに接した。アップル社のことである。

 私の知人が、グラビアアイドルのCP(コンテンツ・プロバイダー)をやっている。グラビアアイドルを発掘し、メディアに露出させることで、そのキャラクターの価値を上げ、商売にしているわけである。これ自体は特に変わったことでもなんでもない。昔はアイドルの露出といえば、雑誌、テレビなどのメディアだったわけだが、最近はインターネットの出現で多様化してきている。つまり、ウェブメディアや携帯なども、その露出先として一般化している。その流れにあって、スマートフォン時代がやってきた。iPhone、Google携帯(Android OS搭載携帯)などがその先駆的存在だろう。ちなみに、来月末には、eBookとして、iPadも日本にやってくる。これらスマートフォンの特徴は、それぞれのスマートフォンが、アプリケーションの有料・無料ダウンロードをさせる、プラットフォームを持っているということ。例えば、iPhoneで言えば、AppStoreである。テレビCMでもおなじみだが、何万というアプリケーションが有料・無料問わず、このAppStoreというプラットフォームに集結しており、iPhoneユーザーは自由にダウンロードして、そのアプリケーションを便利に使ったり、楽しんだりするわけだ。同じことが、Google携帯では、アンドロイド・マーケットで実現している。

 さて、話を元にもどそう。そのグラビア・アイドルのCP事業をやっている私の知人は、グラビアアイドルの露出先として、携帯よりも画面が大きく、さまざまな動きが実現できる、iPhoneを選んだ。そして、アプリケーションの開発会社と組んで、iPhoneアプリとして、グラビアアイドルの写真集を作り上げ、AppSotreに登録すべく申請をした。AppStoreは申請制となっており、審査を経ないと、AppSotreに自分のアプリが登録できない。彼のグラビアアイドルの写真集アプリは無事に審査を通過し、晴れて、AppSotreに登録された。
 すかさず、そのアイドルのコアなファン達は、こぞってこのアプリをダウンロードして自分のiPhoneにインストールし、なかなか快調な滑り出しだった。

 しかし、である。

 今月初旬、アップル社は強権を発動した。つまり、何の理由も無しに、「肌の露出の多そうな」こういった類のアプリをすべて、AppStoreから削除したのである。削除された中には、名の知れていないアイドルのアプリから、超有名アイドルのアプリまで、さまざまであった。アップル社は今のところ、公式に、「なぜ、削除したか」を発表していない。

 ここからは憶測になるが、AppStoreが、肌の露出が多いアプリの温床になることを怖れたアップル社が、とりあえず、一掃したと考えられる。あるいは、アップル社の極めて強い、CI(コーポレート・アイデンティティ)を守るために、それに反するものは、すべて削除したとも考えられる。しかし真相はわからない。いくつもの、CPがこれに猛抗議をしたが、なしのつぶて、であった。噂では、そういったアプリ用のカテゴリーが別途用意される、という話も耳にするのだが、オフィシャルな情報ではない。

 さて、問題はどこにあるのか?

 昔から、水着のアイドルは、「表現の自由」の範疇にあった。確かに過激になれば、その範疇を越えて「議論」されてきたわけだが、それでも、議論の余地があった。なぜなら、「表現の自由」という、民主主義社会においては極めて重要な大義があるからである。
 この問題はプラットフォームという、いわゆる、マーケットを作り出しておきながら、そこに「言論の自由」を認めなかった、あるいは、一義的に認めなかったアップルの強権である。

 今月の後半は、Googleの中国撤退が大きなニュースになったが、Googleのような大企業は、公共的な立場を担う。従って、民主主義の国の大切な憲法や、あるいは、言論の自由のような根本的な権利は、しっかりと守ってこその大企業なのである。

 しかし、残念ながら、アップル社は、「全削除」を「理由無し」に行なった。しかも、事前に審査をして、一度はGOを出したにも関わらずである。

 このことに関して、30年以上大手出版社でテクノロジーの編集者を務めてきた方と話を深めた。曰く、「アップルの行動は、まったくもって許しがたく、インターネットの精神を無視した行為だ」と。私も同様に思う。

 いまのところ、アンドロイド・マーケットの方では、同じ現象は起きていない。そもそも、Android OSを開発したGoogleは、副社長にインターネットの父を言われる、ヴィント・サーフ氏なども迎えており、インターネットの「精神」に対し、多大なリスペクトをしている。だからかもしれない。

 スティーブ・ジョブズは、偉人であり、尊敬すべき人物である。しかし、今回のこの出来事には、強い違和感を覚えざるを得ない。iPhoneで先駆者になり、AppStoreでプラットフォーム事業に一定の成功を見せ、トップを失踪しているアップル社にとって、今回のこの出来事は、後に言い訳のしようがない痛手にならないことを祈るばかりである。

「言論の自由」

 言うわ安し行なうは難し、かもしれないが、アップル社ほど全世界で尊敬されるべき企業は、この権利の意味をしっかり勉強して実行してしかるべきだと思うのである。


代表主任研究員(T) 専門:情報産業論、メディア技術論