2009年4月5日日曜日

リアルとバーチャルの狭間で(ロケ地めぐりの悲喜こもごも)

 私も観光旅行は好きだが、そもそも「観光」という行動は、観光をほとんどしない知り合いの観光学者(非常にパラドックスだが)に言わせると、回帰的な円周運動上にある「確認行為」なのだという。つまり、観光旅行である限り、必然的に出発地点に戻らなければならないが、それだけでなく、観光地に行く時、事前にその場所の情報をまるで知らないということはないのであって、メディアや他の人の体験などから何らかの情報を間接的に知った上でその場所に行くことになる。だから、よく言われることだが、現地に行って「写真と同じ」「まるで写真のような風景」という言葉が発せられるのである。
 その観光旅行自体は、もともと宗教的な礼拝行動や物見遊山などが原点であったが、最近ではいろいろな観光旅行が登場している。その中に「ロケ地めぐり」というものがある。
 つまり、映画やドラマの舞台になった場所を踏破するというもので、バーチャルなドラマの世界の中にリアルな自分を投影することにより、疑似体験をするというものである。これを見越して観光客を増やして地域活性化を図るために撮影場所としてドラマや映画制作者らを誘致する動きもあり、撮影の便宜を図るために、ロケーションボックスやフィルムコミッションという組織が全国各地に結成されている。特定非営利活動法人ジャパン・フィルムコミッションによると、2009年3月16日現在で全国101団体が加盟している。
また、「全国ロケ地ガイド」(http://loca.ash.jp/)というサイトもあり、ドラマや映画の撮影地が紹介されている。
私も、韓国語の勉強を兼ねて韓国ドラマを見ているうちに、しだいにいろいろなことに興味が出て、実際にドラマの撮影地に行ってみたいという気持ちを持つようになった。もちろん、そうした要望に応えるべくロケ地めぐりツアーなるものもあり、確実に安心していけるのであるが、そうではなく、自分で探し出して行きたいのである(もっとも他人のブログや体験記を参考にはするが・・)。ただ、それなりの苦労もあったので、ロケ地めぐり初心者の体験記をまじえて感じたことを紹介したい。
1本目は、MBCのドラマ「キツネちゃん、何しているの?」(原題・여우야 뭐하니、全16話、2006年制作)で、このドラマは、33歳独身のアダルト雑誌記者のコ・ビョンヒ(コ・ヒョンジョン)と、24歳のパク・チョルス(チョン・ジョンミョン)の年上女性と年下男性のカップルをめぐるラブコメディだ。
 この右の写真(いずれも筆者撮影)にある赤い灯台がドラマの一つの重要アイテムになっており、ドラマの中でもソウル郊外の現実の地名である烏耳島(오이도、オイド)として紹介されている。
実際にこの灯台は、黄海に面した京畿道の始興市(시흥시、シフン市)にあり、ソウル市中心部から地下鉄4号線で終点の烏耳島駅までおよそ1時間半かかり、さらにそこから約6km先のこの場所までバスで20分ほど移動しなければならない。
さて、問題は次の写真である。
ドラマの途中で、ビョンヒとチョルスがバイクに乗って烏耳島に再び訪れ、この写真のように灯台が再登場して、ビョンヒの心が揺れ動くシーンが描かれているのであるが、実際にはバイクに乗っていてはこのようには見えないのだ。
この写真は、烏耳島の近辺にある始華湖(시화호、シファホ)の締め切り堤防上にある道路で、沖合約15kmにある大阜島(대부도、テブド)から戻るバスの中から見たアングルである。つまり、バイクの高さでは反対車線の仕切りでさえぎられてしまってこのようには見えないのである。これも現実と虚構のギャップである。
二本目は、これもまたMBCのドラマ「ありがとうございます」(原題・고맙습니다、全16話、2007年)で、認知症の祖父と輸血事故でHIVに感染した娘を持つ小さな島のシングルマザーのイ・ヨンシン(コン・ヒョジン)と、優秀だが型破りな外科医ミン・ギソ(チャン・ヒョク)の話である。テーマは非常に重たいが、決して暗いわけではなく、毎回涙なくしては見られない非常に美しいストーリーなのである。
舞台となったプルン島(푸른도、青い島)は架空の島だが、実際には全羅南道の新安郡の曾島(증도、チュンド)である。ここには、光州広域市のバスターミナルからバスで智島(지도、チド)の船着場まで約3時間、そこから船を乗り継いで15分かかる。イ・ヨンシンが祖父と娘の三人で暮らしていた家(写真)には、曾島にあったレンタル自転車(無料なのは良いが、空気がほとんどなかったママチャリ)を使って片道40分かけて海上に作られた道を伝って、隣の華島(화도、ファド)に渡ってようやくたどり着いた。
ただ、ドラマの撮影当時と筆者が見た絵は異なる。何が違うかというと赤い屋根の母屋の前の広い庭は現実にはなかったのである。ロケ地を訪れる多くの車のために駐車場として広げられている。
何のためにドラマ地めぐりをしているかというと、笑われると思うが、虚構であるドラマの中に自分を投影して、再体験したいのである。ただ、灯台も赤い屋根の家もすべて虚構だが現実には存在している。一方で、現実にありながらそれらはドラマで意味づけられた虚構なのである。その現実を見て喜び半分、ガッカリ半分なのである。つまり、「ドラマで見たのと同じ」なのだが、どこかがドラマとまるで違うのである。まあ、そういうことを感じながら行くのも楽しみなのだが・・・・。
ただ、最後に一言。虚構でなく、まさに現実に襲われたのだが、この家に行く途中にある小学校(ここも重要な舞台なのだが)から、黒い大型のイヌが勢いよく飛び出してきて追っかけてきた。何とか振り切ったものの、一本道なので同じ道を帰らざるを得ず、すこし警戒しながら近づいていったら、今度は黒に加えて同じ大きさの白のイヌが勢いよく走ってきて、「まさか」と思ったら、筆者が標的!空気の抜けたママチャリでしかも向かい風と砂利道というハンデを追いながら、必死になって逃げても、逃げても追いかけられ、ようやく500~600mぐらい走ってあきらめてくれたが、ロケ地めぐりは、気力・体力・根気に勇気が必要なことを実感させられた。

主任研究員(Y) 専門:メディア倫理法制

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